シンガポールのスラングについて
私は以前、10年ほど東南アジアでビジネスに携わっていました。その中でシンガポールの華人と商談する機会が多く、彼らの英語に触れることがよくありました。当初は独特なアクセントや表現に戸惑いましたが、次第にその魅力に惹かれるようになりました。彼らはアメリカ英語やイギリス英語にとらわれず、独自の『シングリッシュ』を使います。これは、彼らの文化が反映された独特な英語です。その独創性に、私は心を動かされたのかもしれません。
今回のブログでは、その『シングリッシュ』について記載します。シンガポールの英語に興味のある方や、その表現を学びたい方に参考になれば幸いです。
目次
シングリッシュについて
シングリッシュとは
まず、シングリッシュとは何か簡単に説明します。
シングリッシュとは、シンガポールで話される英語(イングリッシュ)を指します。英語は、シンガポールの公用語の一つとして指定されています。その理由は、シンガポールが中華系、マレー系、インド系といった多民族国家だからです。民族間の意思疎通の障壁をなくすため、英語が主要な言語の一つとして使用されています。
もちろん、各民族の言語も日常的に使われています。このため、各民族の言語が英語に影響を与え、アメリカやイギリスの英語とは異なる、独自の英語が形成されました。それがシングリッシュです。
シングリッシュの特徴
シングリッシュには、以下のような特徴があります。
文末に助詞をつける
シングリッシュを聞くと、文末に"lah"や"mah"などがよく使われることに気づくでしょう。これらは中国語の語気助詞からの影響を受けていると考えられています。適当に使っているわけではなく、シーンごとに適切な助詞を使い分けています。
例えば、何かを断言するときには"lah"を文末につけます。質問をするときには"mah"や"hah"を使い、自分の発言が不確かな場合は"ah"をつけます。
以下にそれぞれの例文を示します。
This shirt is too tight lah.
このシャツはきつすぎるよ。 - 断言する"lah"
Pass me the book, hah?
その本を取ってくれる? - 質問を表す"hah"
The door to the left, ah?
左側のドアですよね? - 不確かさを示す"ah"
Kevin was the one who fixed the computer, mah?
コンピューターを直したのはケヴィンだよね? - 確認のための質問を表す"mah"
主語を省略する
通常の英語では、"I"や"She"などの主語が必要です。しかしシングリッシュでは、相手が主語を推測できる場合、主語を省略して話すことがあります。
以下がその例です。
Can lah.
できるよ。- 主語 "I"の省略
Don't want lah.
ほしくないよ。- 主語 "I"の省略
My dad is not here, go to market.
父はここにいないよ、市場にいったよ。- 主語 "he"の省略
接続詞のない条件節
シングリッシュでは、"if"や"when"などの接続詞が省略されることがあります。
以下にいくつかの例を挙げます。
You go, who will drive?
君が行ったら、誰が運転するの? - 省略された接続詞:if
You sit here, then where I sit?
君がここに座ったら、僕はどこに座ればいいの? - 省略された接続詞:if
You do it, I hit you.
それをやったら、叩くよ。 - 省略された接続詞:if
be動詞の省略
シングリッシュでは、文中の「be動詞」が省略されることがあります。この習慣は、中国語の影響を受けていると考えられています。
以下にいくつかの例文を挙げます。
He worried.
彼は心配している。 - 省略されたbe動詞:is
I leaving now.
私は今出発します。 - 省略されたbe動詞:am
His book here.
彼の本はここにあります。 - 省略されたbe動詞:is
他言語からの借用語
シングリッシュでは、他言語から語彙を借用して使うことがよくあります。特に中国語やマレー語からの借用語が多いです。
以下にいくつかの例を挙げます。
Alamak!
ああ、なんてこった! - マレー語からの借用
Let's go makan!
食事に行こう! - マレー語からの借用
Blur like sotong.
ぼんやりしているな。 - マレー語からの借用
So atas!
めちゃくちゃ上品だな! - マレー語からの借用
Bo liao.
退屈だ。 - 中国語(福建語)からの借用
Siok!
うまい! - 中国語(福建語)からの借用
シンガポールのスラング
これまでシングリッシュの主な特徴について見てきました。ここからは、シンガポールでよく使われるスラングを紹介します。
スラングといえば、先述した"Let's makan!"や"Alamak!"のような借用語を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかしこれら借用語以外に、英単語を使いながらも標準英語とは全く違う意味を持つ表現がいくつかあります。
それらは、アメリカ人やイギリス人にとっても理解しづらい表現です。ここからは、そうしたスラングを中心に解説していきます。
Eye power
「Eye power」は、シンガポールやマレーシアで使われるスラングです。この表現は、物事を傍観するだけで何も行動を起こさない人や、助けを差し伸べない人、口出しはするものの行動に移さない状況を皮肉を込めて表現する際に使われます。具体的には、次のような形でよく使用されます。
Don’t eye power leh, come help us clean the room.
突っ立ってないで、部屋の掃除を手伝ってよ。
You better not just stand there and eye power ah.
そこに突っ立って、ただ眺めているだけじゃダメだよ。
He's just using eye power.
あいつは突っ立ってるだけで何もしない。
Mug
「mug」と聞くと「マグカップ」や「悪党、チンピラ」を連想するかもしれませんが、シンガポールでは「詰め込んで勉強する」や「熱心に勉強する」という意味で使われるスラングです。この表現は、おそらくイギリス英語の「mug up(集中して勉強する)」という表現から影響を受けていますが、シングリッシュでは「up」は省略されます。最近では使用頻度が減っているようですが、以前はよく使われていました。
また、「mug」の派生語である「mugger」という単語は、通常「強盗」という意味ですが、シングリッシュでは「勉強熱心な人」や「努力家」という意味で使われることもあります。
使い方の例としては、以下のようになります。
He's a mugger lah.
彼は勉強熱心だね。
Need to mug for exams.
試験に向けて勉強しないと。
Last night, I mug so much.
昨晩、めっちゃ勉強しました。
Spoil Market
「Spoil Market」は直訳すると「市場をダメにする」や「市場を台無しにする」という意味ですが、これはシンガポールやマレーシアで使われるスラングです。この表現は、「誰かの行動が原因で物事の基準や期待値が上がってしまう」というニュアンスを持っています。アメリカなどの英語圏では、「raise the bar」に近い表現です。
例えば、過剰なサービスを提供してしまい、お客の期待値を不必要に引き上げる場面などで使われます。
具体的に「Spoil Market」は、以下のような文脈で使用されます。
Don't spoil market. You're making the whole team look terrible because you work long hours and don't care about work-life balance.
基準を上げないでほしい。君がワークライフバランスを気にせず長時間働くせいで、チーム全体がひどい状況になっている。
Stop spoiling market with your over-the-top gifts. It makes the rest of us look bad.
大げさなプレゼントで基準を上げるのはやめてくれ。私たちのメンツがつぶれてしまう。
Arrow
続いては「Arrow」という表現です。この単語を見て、「矢」や「矢印」を連想するかもしれませんが、シングリッシュでは「ある仕事やタスクを誰かに押し付ける」という意味で使われることがあります。例えば、上司が面倒な仕事を部下に押し付ける状況などで使用されます。
例文は以下の通りです。
My boss arrowed me to complete the task for tomorrow's board meeting.
ボスが明日の取締役会のために、その仕事を俺に押し付けてきた。
I was arrowed to clean this room.
この部屋を掃除するよう押し付けられた。
I got arrowed to buy things for Chinese New Year again.
またしても旧正月の買い出しを押し付けられた。
Action
次に紹介するのは「Action」という表現です。通常の英語では「行動」や「活動」という意味で、「take action」(行動を起こす)という形でよく使われます。しかし、シングリッシュでは「自慢する」や「見せびらかす」という、英語の「Show off」に近い意味で使われることがあります。
以下がその例文です。
The man always likes to action in front of the girls.
あいつはいつも女の子の前で見せびらかすのが好きだ。
Don't so action just because you're from an elite school.
エリート校出身だからって、そんなに見せびらかすなよ。
He always likes to action with his Rolex on display.
彼はいつもロレックスを見せびらかしている。
Cock
英語では「Cock」は「雄鶏」という意味ですが、シングリッシュでは「でたらめ」や「ガラクタ」、「無駄」という意味で使われることがあります。この表現は、イギリスのスラング「cock and bull」(でたらめな話)から影響を受けていると言われています。
He's only talking cock.
彼はでたらめなことしか言わない。
They all just talk cock all day long.
彼らは一日中無駄話ばかりしている。
Why you so cock?
なんでそんな無駄なことするの?
Pattern more than badminton
"Pattern more than badminton"はシンガポールやマレーシアで使われるスラングで、たくさんの言い訳をしたり、ごまかそうとする行動を指します。直訳すると『バドミントンよりも多くのパターン』という意味ですが、ここではバドミントンの多様なプレースタイルを比喩的に使っています。つまり、「この人はバドミントンのプレーのように、言い訳が多すぎる」というニュアンスになります。
この表現は、以下のような文脈で使用されます。
Ask him to do one assignment, he also can pattern more than badminton don't do.
彼に一つの仕事を頼むだけで、バドミントンのように多くのパターンを考え出して、結局やらないんだ。
Don’t give so many excuses. Pattern more than badminton!
言い訳するな。言い訳のパターン多すぎだろ!
まとめ
シンガポールは1965年の建国以来、英語を公用語として使用してきました。その過程で、各民族の言語の影響を受けながら、独自の英語を発展させてきました。今回紹介したもの以外にも、まだたくさんの独自表現があり、どれも興味深いものばかりです。
日本もアメリカ英語やイギリス英語にとらわれず、独自の英語表現を育むことができたら面白いのではないでしょうか。
さて、シンガポール以外にも英語を公用語とする国々があり、それぞれの国で独自に発展した英語表現があります。今後は、そうした国々のユニークな英語表現も紹介していけたらと思います。
投稿者プロフィール
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幼少~高校まで語学に興味はなく、大学時代に一念発起し、英語力に磨きをかける。卒業後、某メーカーの海外営業としてインドネシアに駐在し、東南アジアに位置するメーカーに製品の提案、販売に従事。現在は主に対面、オンラインの双方で英語を教えている。カナダと中国に留学経験あり。英語のほか、中国語、インドネシア語も堪能。
資格:TOEIC 970、HSK 6級
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